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題名: お詫びとお礼
投稿日時: 2007-09-07 20:27:21
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先日自分が書いていたのを、また見てみると
何だか考えが迷走していて変過ぎる思いました
変なのに偉そうな感じになっていまして、ほんとにごめんなさい!

なかたさんや皆さんの書かれていることは、うちの子供にも、とても役に立ちました

ちょうど、もうちょっと自然に会話できるようになりたいのに、どうしていいのか分からない・・と、子どもから相談されているところでした
高校に入ってからは大丈夫になっていると言っていたのに、また改めて悩んでいる様子ですから、ほんとうになかたさんのおっしゃるとおりですね

楽しい会話は、ちょっとした相槌のうちかたや、目線やしぐさとか、そんなことが案外大事で、何を言ったらいいかと考えるより、そういうところから気をつけてみるといいのかもしれませんね

私だけで相談に乗っていると、よけい子どもを混乱させてしまうところでした
なかたさんのお話をうかがえて、良かったです


題名:
投稿日時: 2007-09-08 14:50:55
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いえいえそんなことはないですよ、ルディさん。

結局、うちの子供は春に話し始めるには絶好の機会があったにもかかわらず失敗してしまったわけです。現在、担任の先生やスクールカウンセラーと対策を練っている最中なのですが、元緘黙症児の感覚でいくと一度失敗した場所で話してみようという気になれるかどうかははなはだ疑問です。
かといって、子供の性格から考えると話せないことに関して困ったという意識はあっても、だからどうしようという視点のものの見方や考え方が欠如しているような気がして自助努力をあまり期待できないような気もします。
そこで本人の意識を喚起するための働きかけはある程度必要かとも思われますが、いまのところ、うちの子供は1日も休まず学校に行けているし、部活も夏に体調を崩して1回休んだだけで休まず行っています。昨年まではわざと忘れ物をして見学ばかりしていた水泳学習も今年はきちんとやっているようですし、成績も良いのです。周囲の大人が下手に手を出したばかりにこのすべてを失うことになったらと思うと恐ろしいものを感じます。

ところで、緘黙症の子供を持つ親御さんたちは「家では普通の子供なのに」とよく仰いますが、うちの子供は他の子供ともしかしたら違うかな?と感じるところがいくつかあります。ただ、夫は家では普通の子供だと思い込んでいるのでこの差異は一般にはかなりわかりにくいと思います。

まず、目を合わせるのが苦手。
うちの子供は普段私と会話している時は自然に目を合わせたりずらしたりしています。ところが、私がわざと視線を合わせるような行為をすると、咄嗟に目をそらします。これを、他の兄妹で試してみると数秒視線を合わせた後、「何?」という感じで目をそらす子と、自分からは決して目をそらさない子供がいました。今度は、「何?」という感じで目をそらす子に「先に目をそらしたほうが負けだからね」と言って視線を合わせるとじっと私の目を覗き込んでいて私のほうが根負けしてしまいました。
とにかく、うちの子供はいかなる状況でも目をみられるのが好きではないようです。

人にあわせるのが苦手
これは生活全般に言えます。よく言えばマイペースなのですが、もしかしたら空気が読めてないかも?と思うときもあります。
とにかく、気分が乗らない事に関しては非協力的です。誰かのために自分はちょっと譲歩しようという姿勢が感じられません。だから、兄妹の中でも操縦しやすい、あるいは利害が一致する子と一緒にいることが多いです。
また、会話についても自分が話したいことについて一通り話し終えるとこれでこれでおしまい!と言う感じで、こちらがあれこれ訊いても「知らない」「忘れた」の一点張りです。

感情表現が苦手
嬉しいことがあると、一人でニヤニヤしています。こちらが、「何かいいことあったの?」と訊いても絶対教えてくれません。むしろ、別に笑ってない、とか何も面白くないというようなことを言います。
悲しいことがあっても、人前で泣きません。あんなことがあってつらかったというようなことも言いません。

とにかく、うちの子供については会話を目標にして周囲がサポートすべきか、それとも、日常生活においての些細な欠点を修正していくうちにそれが人間関係を構築する上での自信につながるのか方向性に迷っているところです。

ところで、ルディさん。
私は人間関係において最低限必要なものは、会話よりも表情と視線を自在に操ることだと思います。
機会がありましたら、お子様が視線を合わせることが苦手じゃないか、感情に見合った表情、あるいはその場の状況にあった表情を作ることが出来るか試してみると良いと思います。
かつての私はそれらのすべてが全くできませんでしたし、そのことに気づきもしませんでした。
おそらく、これらのことは大抵の人は意識しなくても自然にできることなのでしょうね。


題名:
投稿日時: 2007-09-10 11:51:56
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登録日時:2013-10-18 04:45:31
投稿記事数: 145
なかたさんのお子さんは、良き理解者に恵まれて、お話されること以外では不安は強くなくて、いろんなことを頑張っていらっしゃるようですね
中学でそういう状態というのは、とても心が安定しているのだなと、うらやましく感じます

私には、正直なところ自分の子に対しても何をどうすればいいかわからないのです
常に答えはなく、試行錯誤、手探りな状態です

たしかになかたさんの言われるような特徴はあるように思いました
ただ、自分も子どももそうですが、欠点を指摘されて、それを直すということは、なかなか難しいことですよね
3人の子どもを育ててきて、思うことは、何度言っても駄目なときは駄目なのですが、ある時期が来ると、自分から気をつけて良くなっていく、そんな気がするということです
でも、だから言わないほうがいい、というわけでもないと思います
ただ、言えば直るというものでもないので、時期を待つつもりでいないと、私がイライラしてしまいます

子どもが何かの拍子に、私に相談してくれたら、一緒に考えてみるようにしようかな~と・・
気軽に相談してくれるような親子関係であることは大事ですよね
近頃は、小さなことでもすぐに相談してくれるので、そういう意味では、うまく行っているように思います

出来れば、私が結論を出すというより、経験から学び、次の経験へと生かしていく、それを子ども自身が出来るように、一緒に考えてみるようにしたいと思います
フィードバックといいますか、そういうことは緘黙だけでなく色々なことに生かせると思いますので、目の前のことをひとつづつ乗り越えていく過程が、今後の人生全体にわたって、問題解決能力を身につける良い機会かとも思っています

なんだか、もしかしたら呑気な考えかもしれなくて、それではあまり親身になっていない、と思われてしまうかもしれませんが・・


題名:
投稿日時: 2007-09-10 13:29:01
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緘黙症に関しては表に現われる症状は似ていても、子供の個性は違うのでそれぞれ試行錯誤しながら症状の改善を待つという感じなのではないかと思います。

ところで、話は変わりますが、私が以前勤めていたところでなんとなく仲間はずれにされている人がいまして、その人は話しかければ普通に応対できますし、周りの人が嫌がるような悪い癖もないのです。特に理由は分からないのですが、私もその人があまり好きじゃないと思いながら毎日過ごしていたところ、同僚が言うのです「私あの人嫌い。だって、リアクションがないんだもの!」。
なるほど、確かにその人は話しかけても応える声に抑揚が少なく、表情に乏しい。それはその人のせいではないかもしれないけれど、それを見るたび同僚はイライラしてその人が嫌いになると言うのです。

こういうのって、緘黙症の人にありがちだと思いませんか?
本人にしてみれば、自分は悪くないのにどこに言っても仲間はずれにされて、人間関係がつらいと思っているかもしれません。
私は自分の子供が話せないなら、せめてそれ以外のところで自分をアピールできるようになって欲しいと思います。
ただ、その方法がわからないから難しいんですよね。


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