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4 件の記事    1   
題名: 元場面緘黙症です。
投稿日時: 2007-04-21 04:08:51
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私は、現在大学に通っている20歳の女です。
元場面緘黙症で、幼稚園のときから中3まで、人前で喋ることができませんでした。
掲示板を読んで悩んでいる人が沢山居ることを知り、私も両親や家族に心配かけたことを思い出しました。
特に母親からは、小学校の進級をする度に「4月からは、みんなの前で喋ってみようね!」と毎年のように言われました。ですが、私の通ってた学校は、1学年1クラスしかないような小さな学校だったので、メンバーが変わることもありません。案の定、一度も声を発することができなく、「私なんか生まれてこなければ良かったんだ…」と悩むこともありました。

この他にも沢山の辛い経験をし、声の出ない自分を不甲斐なく思うこともありましたが、私はとにかく、いつも笑顔で居る事を心がけていました。緘黙症の方の中には笑顔を作ることが難しいという方も居ると思います。ですが、「無理に声を出そうとしなくていい。でも、その代わりとして笑顔を作ろう!」と考えると、だいぶ気持ちが楽になると思います。笑顔でいるだけで、不思議と人は寄ってくるものです。
そして、この他にも私は様々な手段で会話をしていました。
空中に文字や文章を書いて会話をしたり、簡単な手話みたいなものを作ったこともあります。もちろん、ジェスチャーでの会話は頻繁に行っていました。

私は、喋ることだけがコミュニケーションだとは思っていません。それ以外にも様々な方法があるのです!!

場面緘黙症は、いずれ治る日が来ると聞きました。
現在、場面緘黙症の方、ご家族に場面緘黙症の方が居る方の中で、悩んだり苦しんでいる方がいらっしゃっいましたら、私のような人間も居るという事を思い出してほしいです。
ゆっくりと場面緘黙症と付き合っていきませんか??


題名: ありがとうございます&質問
投稿日時: 2007-06-30 03:00:48
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貴重な体験報告ありがとうございます。
自分の努力や周囲の協力、いろんなことが重なり
ある意味、とてもラッキーな方なんだと思います。

緘黙症の問題解決のためのいろんなヒントをもっていると思います。
もしよければ私の質問に答えていただけませんか?
私が抱いている疑問です。

①保育暦・・・何年保育(幼稚園)か、親子の時間がとれていたかなど
②親・祖父母の性格
③親御さんの方針(話させようとしたかなど)
④話せないとき、周囲にしてほしかったこと
(声をかけてほしかった、そっとしておいてほしかったなど)
⑤過去を振り返っての自分なりの原因分析


私、どんなに周りが悩んでも、その答えは経験した人、克服した人の中にしかないような気がするのです・・・。

たとえば、アダルトチルドレン(AC)という言葉がありますが、
自分がそうであると気づくまでは、
「自分は特別な苦悩を背負っている」と思っていると思うのです。
大人になり、自分でその原因を分析していくと、親の過干渉など、典型的なACのケースだった!ということはよくあると思います。

それと同様に、緘黙症もたどりたどっていけば、遺伝的なもの以外に、親にさかのぼっての生育暦にも典型的な糸口があるのではないかなあと思うことがあります。ただ、研究がされていないだけではないかと。


題名:
投稿日時: 2007-07-25 16:16:46
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EMIさんへ質問します。

EMIさんは、今は場面緘黙症を克服したのでしょうか? :roll:


題名: Re: ありがとうございます&質問
投稿日時: 2007-08-07 23:06:39
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Quote:

"なな"]
はじめまして。
私は元緘黙症で子供も現在緘黙症です。
参考までに質問に答えてみましょう。

私が抱いている疑問です。

①保育暦・・・何年保育(幼稚園)か、親子の時間がとれていたかなど
保育園、3,4年。

②親・祖父母の性格
父、神経質、気難しい、母、無関心。

③親御さんの方針(話させようとしたかなど)
緘黙に気づいていない。おとなしく、ハッキリしない子という印象。

④話せないとき、周囲にしてほしかったこと
(声をかけてほしかった、そっとしておいてほしかったなど)
自分の代わりに誰かが応えてくれて、助かったと思ったことはあります。

⑤過去を振り返っての自分なりの原因分析
先天的に持って生まれた気質の他、幼児期に人とかかわることが楽しいと思えるような刷り込みに失敗すると、なる可能性があるのではないかと思っています。

また、たまたま分かりやすい症例として口を利かないことから、本人も周囲もなんとか話せるようにならなければならないと思っているようであるけれど、話せるようになったとしても本人は言葉を意思伝達の手段として使用可能になっただけで、必ずしも他人との意思疎通の必要な場面で有効活用されるとは限らないため、依然として人間関係等に悩む可能性もあり、仮に話せない状態が当人にとって不幸だったとして、話せたとしても幸福でないという状況に陥る危険を感じます。しかしながら、緘黙児を客観的に見た場合、一見、普通に話せるようになったなら、親としては特異な子がやっと人並みの子になったと安心しそれで問題は解決となってしまう訳で、最終的には緘黙の治療は子供にとって話せないより話せるほうがマシだ、という状況をつくりあげるだけで必ずしも子供の幸福にはつながらない・・・と思うことがあります。




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