旧掲示板過去ログ


場面緘黙症Journalトップへ


370 件の記事    1  ...  4   5   6   7   8   9   10  ...  37   
題名: かいわれさん?
投稿日時: 2006-12-17 08:49:10
User avatar

登録日時:
投稿記事数:
こんにちは

でてきたものの、もともと人に優しい言葉をかけるのは苦手です
かけられるのも苦手です

ただかいわれさんがもし死んでしまうとすると(?)、フォーラムがつまらなくなるという単純な理由から何か言いたいです

実は私はフォーラムを前から見ていましたが、なんか仲良し集団みたいで苦手な雰囲気と思っていたんです(すぐそうやってすねる癖がありますのです)
で、書き込んでみたくなかった
そこへかいわれさんが登場され、ウィットに富んだ発言をされているのを拝見し、面白そうだな(不謹慎ですみません!)と思って参加させていただくことにしました

もう仕事だの、父親としてだの、夫としてなんてどうでもいいじゃない、と無責任にも思ってしまいますよ
私からかいわれさんの発言を読ませていただく楽しみを奪わないでいただきたいです
フォーラムを仕事だと思って

無責任なルディとしては、世の中自分がいなけりゃ回っていかないなんてことは思い上がりだと思います
どうにでもなる
必要以上の責任感を背負い込むことはただの自己満足です
人間は何かをすることに価値があるのだとするのは
人を機械のように考えることではないかと思います
ある人は、その人にしかないハートを持っているから存在価値があるのではないでしょうか?
そしてそれを表現し世界にかいわれさんの想像力で変化を与えてください
どんな形でもいいのではないですか?
実際、わたしもかいわれさんの発言から、心が変化し、ここに参加しているのです
また出来ないことは出来ないでいいではないですか
まわりの人に、あなたを理解しフォローする機会を与えてあげましょう
それはその人にとって人間的に成長する良い機会となるかもしれませんし

私は今自分が楽しいと思えることしか、やらないように気をつけています
「男だから」、と言う人は逆に「女だから」を押し付けてくる人でもある
無理して何かやると、こんなにしてやっているのに!とか、人が何かの役割をやっていないと責めたりするようになるのだと思います
そして自分は「女らしくない、母親らしくない」などと既成の考えにあてはめてみたりするのはつまらないことと考えています

私の師匠は大企業をやめ庭師となった方ですが
生き生きしていらしてとても素敵です
植木屋仲間は面白い人が多いです
「この仕事に満足している?」と、若者に聞いてみたところ、「釣りと両立できるのがいいっすね~」とのこと
いろいろな考え方があります


さてかいわれさんがオートバイがお好きだと知って、私も愛車がプリン色のカブなので嬉しくなり(バイクのうちに入らないですかね)、レンタルビデオ屋で「モーターサイクルダイヤリーズ」というのを借りてきてみました
広大な南米大陸をバイクでひたすら走っていく途中、様々な人と出会う、静かに感動する映画でぼーんやりと見ることが出来ます
オートバイがお好きならよかったら暇つぶしにいかがですか


題名: ご心配かけます
投稿日時: 2006-12-17 14:04:12
User avatar

登録日時:
投稿記事数:
 りんごさん ははさん のひめさん ふさん 富重さん ルディさん
 皆さん声をかけてくださって本当にありがとう 今踏みとどまっています。

 本日何ケ月ぶりかで、バイクで飛ばしてきました。2時間くらいでしたが、カミさんが「(バイクで出かけるなんて)珍しいわね」と見送ってくれました。今日の私は自暴自棄にならず、安全運転でした。

 りんごさん 兵士と教師の話は泣きました。薬で涙を抑えているのですが、珍しく泣いています。
 ははさん たしかに、「死にたい」ときにみるもさんに励ましの投稿を送っていました。
 のひめさん 実は上司に「できません」と言おうと用意したメモを読まれてしまいました。ひきつっていました。
 ふさん 自販機にぶつかったのは偶然ではないでしょう。目に見えないものが動いたのでしょう。
 富重さん まだマイナー思考がグルグルしてます。そんな考えは置いておけ、という自分もいます。
 ルディさん 私もカブを持っています。昭和45年式の紺色です。良いバイクです。

 皆さんにご心配かけております。
 今朝は朝から下を向いていましたが、カミさんと愛犬(黒柴のハナ)の散歩に行ったら、少し気分が良くなりました。
 とりあえず、今日は生きています。


題名: 良かった♪
投稿日時: 2006-12-17 15:29:42
User avatar

登録日時:
投稿記事数:
>とりあえず、今日は生きています

これを見て 安心しました♪
その調子で うつが 軽くなるまで 踏み止まってください。
うつは 心の風邪らしいです 必ず 治るとも 言われてるらしいです。
(医者行ってないので 憶測ですが・・・笑)

>実は上司に「できません」と言おうと用意したメモを読まれてしまいました。ひきつっていました。

世間には うつが どういう状態なのか わからない人 いっぱいいます。
うちの主人は 今も 私が わがままだから うつになるんだと 言います。
勝手病とか 心が弱いとかも 言われました。
その上司の方も 心の風邪を ひかれた事がなく 理解されてないのでしょう・・・

私・・・ 正直に言うと ルディさんと同意見です。
>かいわれさんの発言を読ませていただく楽しみを奪わないでいただきたいです。
かいわれさんとルディさんは お二人とも とっても 面白いです♪
お二人のコメントを読むと いつも 笑ってしまいます。
(ルディさん 怒るかな?・笑)
私にとって お二人は 必要なんです!
こんなこと 書いたら むちゃ 不謹慎かしら・・・?
お二人とも 私にないものをお持ちなので 特に ひかれるんでしょうね。
もちろん 他の方も 好きです (*^_^*)


題名: 安心しました。
投稿日時: 2006-12-17 18:32:23
User avatar

登録日時:
投稿記事数:
私もかいわれさんの投稿を見て安心しました。

私はうつに関する知識も十分にないのに、
しかも、かいわれさんの方がこうしたことは詳しいはずなのに
あれこれと書いて失礼しました。

ただ、なんとか踏みとどまって…という思いを伝えたくて書き込みました。


題名: 皆さんありがとうございます
投稿日時: 2006-12-17 20:24:56
User avatar

登録日時:2013-10-18 04:45:31
投稿記事数: 367
 のひめさん
 うつは、わがまま病だとかなまけ病などと言われがちです。まったくの偏見です。一方私も含めてですが、出来事の受け止めが、歪んだ方向に行くことがクセになっている部分があるのも事実のようです。
 そこで出てくるのが認知行動療法です。
 ↓ 『いやな気分よさようなら――自分で学ぶ「抑うつ」克服法』
http://www.amazon.co.jp/%E3%80%88%E5%A2%97%E8%A3%9C%E6%94%B9%E8%A8%82-%E7%AC%AC2%E7%89%88%E3%80%89%E3%81%84%E3%82%84%E3%81%AA%E6%B0%97%E5%88%86%E3%82%88%E3%80%81%E3%81%95%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%AA%E3%82%89%E2%80%95%E8%87%AA%E5%88%86%E3%81%A7%E5%AD%A6%E3%81%B6%E3%80%8C%E6%8A%91%E3%81%86%E3%81%A4%E3%80%8D%E5%85%8B%E6%9C%8D%E6%B3%95-%E3%83%87%E3%83%93%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BBD-%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%BA/dp/4791102061/sr=1-1/qid=1166353858/ref=sr_1_1/503-8665747-7415130?ie=UTF8&s=books
 むちゃくちゃ長くてすいません。前回もご紹介したこの本、私も買いましたが、とても厚いのでうつうつしてる時には読めません(苦笑)。でも内容的には読みやすい本です。

 富重さん
 コメント嬉しく感じております。確かに私は精神保健福祉士ですが、自分のことは自分でなんともなりません。自分に声をかけてくださる、という事実そのものが嬉しく、そして少しでも健全な方向に導いてくれます。
 これからも暖かい声かけをどうぞお願いします。

 ルディさん さっき言い忘れました。
 まわりの人に、あなたを理解しフォローする機会を与えてあげましょう
 こんな風なことを今まで考えたことがありませんでした。ある意味じゃ、近しい人には、負担をかけて甘えてよいということなんですね。
 そういう柔軟な物事のとらえ方を今後はしてみたいと思います。

 それにしても、自分のことって難しいですね。皆さんほんとにありがとうございます。


題名: かいわれさんいかがおすごしですか
投稿日時: 2006-12-19 17:36:49
User avatar

登録日時:
投稿記事数:
用けんは特にありませんが雑談してもいいでしょうか

うちではさっそく「歪んだ認知の10パターン」というのを
インターネットでみつけてプリントし子どもと一緒に見てみました
「あーこれはママにあてはまる!」とか「あの人もこれだよ~」なんて言いながら、
面白おかしく見てみました
誰しも少しずつどれかには当てはまりそうですね
そのどれかが極端な場合、本人にとって物事がうまく行かなくなってしまうのでしょうかね
人生がうまく行かないのは、その歪みのせいで、それを直せばうまく行く
ただそうした「方法論」の、「テク」の問題であるということ

今、自分がシュタイナーの著作に親しんでいるせいか、
心理学のいろいろな手法が、人間の魂というか、
その人がその状態に陥ってしまったこと、
その運命というか、宿命に対する、ある種の厳粛な気持ち・・
うまく言えませんが、そういった感覚が欠けていることに、
人間性に対する冒涜というか、そんな気持ちがわいてきてしまいます

いったいその人は、その状態になってしまったことで
人生の時間を無駄にしただけなのだろうか?
子どもがそうなることで、家族は、迷惑なだけなのだろうか?

そこには、やはりそうならなければ知ることが出来なかった何かを学ぶことが出来る、
本人だけでなく、その人の周りに生きる人たち全てにとって、
価値のある何かを得ることが出来る、
そういう機会を与えられているのではないか?
と捉えることも出来るのではないかと思います
その人は、周囲の人すべてに、身を挺して学びの機会を
与えてくれている
そのように考えてみるのも、面白いと思います

(ちなみに、私は特定の宗教等に入っているわけではありませんので・・念のため・・
あー、でもだからといって信仰を持つ方々を
否定する気持ちは無く、尊敬しておりますので・・あしからず)

「歪んだ」という言葉が、今読んでいるシュタイナーの「治療教育講義」に出てきます、
ちなみに彼は人間を神秘的なもの、「魂」のようなものとして捉えていますので、
病気にたいする考えは、(ほかの全てに対してもそうですが)
たいへん驚かされるものです

かれは自分の考えを、信じるのではなく、
生活の中で吟味していって欲しいと言っていますので
是非みなさんにも御紹介してみたいと思います
あやしいですよ~~

以下、ちくま学芸文庫「治療教育講義」より引用です

「精神疾患は、最高の叡智の歪んだ模造なのです。そこでは霊界が自分の方から扉を開いてくれています。ただその入り口は、歪んだ形をしています。私たちがそれを興味深いと感じれば感じるほど、しかも大げさにではなく、深く内的な仕方で、異常な魂の在り方に興味を感じれば感じるほど、この扉は開かれるのです。」

認知療法の「テク」で簡単に修正してしまうことが出来るのだとしても、
私としては是非とも、「深く内的な仕方」で、
子どもの魂の在り方に興味を抱き、「最高の叡智の扉」・・たとえそれが少々いびつだとしても・・
それをみんなで開いてみたいものだと考えます。


題名: Re: かいわれさんいかがおすごしですか
投稿日時: 2006-12-20 09:31:31
User avatar

登録日時:2013-10-18 04:45:31
投稿記事数: 367
 私とは“良いコンビ”と言われているルディさん いつもありがとうございます。
 用けんなく話しかけてくれて嬉しいです。

心理学のいろいろな手法が、人間の魂というか、
その人がその状態に陥ってしまったこと、
その運命というか、宿命に対する、ある種の厳粛な気持ち・・
うまく言えませんが、そういった感覚が欠けていることに、
人間性に対する冒涜というか、そんな気持ちがわいてきてしまいます

 おっしゃっていることわかります。江原啓之氏の出る「オーラの泉」を私もよく見ます。その中でも「自分で選んだ人生を人間は歩むのである」などとよく言われています。

 思い浮かぶのは、仏教でいうところの「因果応報」です。前世で、敵の捕虜に対し、焼きごてで目を潰していた人間は、今生では自ら盲目として生まれその罪を償わなければならない。あるいは善行を積めば、自分の子孫により良い人生をもたらされる、といった話があります。
 私の母校は曹洞宗の元僧侶養成学校で、雨が降ると体育の授業は「座禅」でした。

 一方、キリスト教でいう「神様のご計画」はこう考えます。
 ナイフをどう生活に役立てるかは、それを作った人間が決める。鉛筆を削ったり、時には他人を殺める道具に用いる。ナイフはただ人間に用いられるだけである。
 同じように人間がどう生きるかは、その創造主である天にまします父なる神がお決めになる。時に神は乗り越えることが困難な課題を我等にお与えになる。人間は自分で人生を選んでいるようでも、実は神様の腕の中で四苦八苦(そういえばこれは仏教用語です)しているに過ぎない存在である。であるから、我等はただ神様のご計画に従い、用いられるだけなのである。
 今私は求道者(洗礼を受けていない)として教会で礼拝を守っています。ここのところサボっているので、このクリスマスでの洗礼のチャンスをまた逃しました。

 それぞれ、主義主張は違えど、全てに共通していえるのは、「人間の人生――生まれ、生き、喜び、苦しみ、死んでいく」ということは、目に見えないものに全て決められている、ということだと思います。

 そのような与えられた人生を、認知の歪みという一つの切り口をチョチョイといじくっただけで、バラ色の道が開けるわけがない……、というのがルディさんの言わんとするところでしょうか。

そこには、やはりそうならなければ知ることが出来なかった何かを学ぶことが出来る、
本人だけでなく、その人の周りに生きる人たち全てにとって、
価値のある何かを得ることが出来る、
そういう機会を与えられているのではないか?

 私もそう思います。江原氏曰く、「人間は感動(嬉しいだけでなく、悲しい、苦しいを含む)を重ねるために生きている」のであり、それは一人で生きていては多くは得られず、人とのつながりで得られることである、と。

 話は違いますが、私が元いた職場には「小児精神科(小児リハビリテーション科)」があり、学習障害や自閉症圏の子どもさんが入院して評価を受けたりしていました。その子達のお母さんたちは(もちろん人にもよりますが)、「(広義の)障害児をもったおかげで自分が大きく変われた」などとおっしゃる方が少なからずおられました。
 家族や、近くに肉体的、精神的に定型発達でない人が混じることによって、周囲に及ぼすプラスの影響というのも多くあるのだと思います。
 ルディさんのおっしゃるとおり、と賛成できます。

 認知の歪みを修正するというのは、非常に知的な作業です。日常生活の中でも「ああそうか、そう考えれば合点がいく」と思うことはどなたでもあるはずです。
 他方、知的な作業なだけに、限界はあると思います。認知行動療法が広義のカウンセリングとすれば、どんな技法にも向き不向きがあり、限界も存在します。万事たちどころに解決するなどということは不可能です。
 しかし、認知の歪みを修正することで、楽になったり、思わぬ効果をみせることは、特に、抑うつ症状に関しては確実にありえるようです。これは私自身も体験していることで、語気を強めることができます。

「精神疾患は、最高の叡智の歪んだ模造なのです。そこでは霊界が自分の方から扉を開いてくれています。ただその入り口は、歪んだ形をしています。私たちがそれを興味深いと感じれば感じるほど、しかも大げさにではなく、深く内的な仕方で、異常な魂の在り方に興味を感じれば感じるほど、この扉は開かれるのです。」
 シュタイナーの文章は引用された部分だけで見ても、どこかオカルティックで怪しげですが、魅力を感じます。是非読んでみたいと思います。

 最後に、ある意味では特定の宗教に傾倒できる人が羨ましい、と思います。私もなりふり構わず信仰活動に没頭できたらどんなに人生楽に生きられるだろうか、と感じます。

 長くなりましてすいません。


題名: いろいろな取り組み方
投稿日時: 2006-12-20 12:21:29
User avatar

登録日時:
投稿記事数:
返信ありがとうございます!

のひめさんはどうしていらっしゃるでしょう?
かいわれさんのコメントはいつもとても興味深く・・こんなこと言っていいかしら?実はとても楽しいのです :P
かいわれさんが真剣に困っていらっしゃるのに不謹慎と思いつつ、どうしても可笑しくなってしまいます・・ごめんなさい!!!

なぜってかいわれさんはすぐに、ご自分を責める方向に解釈なさるように感じられ、その落胆の様子がなんて言っていいのか・・ずうずうしくなくて好感が持てる・・そしてどこか「甲斐バンド」的なものを感じてしまうのですね

ん?「甲斐バンド」なんてみんな知ってるかな

そんなことより、実はクレバーなかいわれさんにもっと聞いていただきたいのです
この「治療教育講義」のなかで以前かいわれさんが「はだしで岩場歩き」とおっしゃっていたのににそっくりではない?と思われるところがあるんです
ちょっと怪しいところは、我慢していっしょに見ていただけませんか?

認知療法で実践的な考えを学びつつ、内的に魂の深い洞察もしてみるというのも興味深いのではないでしょうか

これはヒステリー(解離)傾向の子どもに対する解釈で書かれているのですが、ちなみに聞きなれない「アストラル体」とは、彼が人間を構成しているもののひとつとして定義している言ってみれば感受体というか感覚体のことです

「アストラル体と自我組織とは、ある範囲内でしか外界に触れ合うべきではないのです。はじめからアストラル体を外に出している子どもは、どんなものをも、まるで傷ついた手で摑むむように敏感に摑みます。そのように外界に対して超敏感に関わります。普通の人よりもはるかに強烈に、環境を集中して感じ取り、自分の内部においても、それをはるかに強烈に映し出します。ですから自分の中に痛みを感じさせるようなイメージが生み出され、環境に向けて意志を働かせる瞬間に、強烈な痛みを感じてしまうのです。・・・その痛みを一生懸命抑えようとしますと、そのあまり、行動はジタバタしたものになります。・・・子どもの行動は、次のように現れるのです。子どもがある痛みを感じても何も行う事が出来ず、魂のいとなみは行為へと向かう代わりに、恐ろしく強烈な肉体体験を持つのです。子どもはぞっとしてっそこから逃れようとします。・・あるいはまた仮面をかぶった行動をすることもあります。」

こんなに引用しても大丈夫かな?
まだまだあるのですが、とりあえずここまでにします


題名: 興味あり
投稿日時: 2006-12-20 14:18:36
User avatar

登録日時:2013-10-18 04:45:31
投稿記事数: 367
 ルディさん とても興味をもちました

 「アストラル体」とは以前にも聞いたことがあります。ミゲル・ネリ(だったか?)という方の書いた『アストラルトリップ』という本でした。早く言えば「幽体離脱」について書かれた本です。
 病床に長く臥せっている病人が、目覚めたときに「今あそこのお花畑の中を走っていました」と口走る。臨死体験をした人が、自分を心配そうに見守る親戚たちを空中から見ていて、叔父さんの頭に大きな“ハゲ”があるのをみつけた、と回復してから打ちあける……。

 この時に肉体から抜け出すのが「アストラル体」だと読みました。

 そのアストラル体を、なんらかの理由で人よりたくさん外に出している状態があって、時に維持されているとすれば、私の体験しているいくつかの現象に説明がつきます。

 知覚過敏。特に聴覚は、たとえば食器洗いしてて、手がすべった拍子に流しに落ちたとします。ガチャーンという音が耳の実質まで響くように聞こえ、痛みすら感じます。こんな時思わず顔をしかめ体をすくめてしまいます。
 人の心が飛んでくる。職場で歩いていて患者とすれ違います。その人の苦悩というか、痛みというか辛い気持ちが飛んできます。意識をそらさないと、こちらまで辛くなり泣き出しそうになるのです。
 これらは、“ぼやーっ”としている時におこるので、意表をつかれます。これから音がするよ、とかこれから気持ちを送るよ、と言われて気構えていれば衝撃も少ないのですが、急にくるので、ときにとび上がったり、体をそむけたりします。

 アストラル体(なにかを感じることのできる魂の実質でしょうか)が、まともに外界と触れているが故に、感じなくても良いものまで、感じてしまい、過度に防衛的になってみたり、時に引きこもったり、自己の健全な精神を保てなくなったりするんでしょうね……。実感としてわかります。

 是非読んでみたいので、そのくだりが書かれている本の題名を教えてください。

 それはそうと、甲斐バンドってなあに?「HEROヒーローになる時それは今」や「安奈」は知ってますがそれが私とどういう関係があるのですか?


題名: こんばんは。。。
投稿日時: 2006-12-20 20:06:43
User avatar

登録日時:2013-10-18 04:45:31
投稿記事数: 123
ルディさん 呼びました? (笑)
かいわれさんの面白さは なんだろう?って 考えてしまいました。
例え話しも 好きだし こっちが 想像しないコメントなので わくわくします。
なんか 読み終わると ニタニタしてる自分がいます。
でも 私も わかりません・・・ 甲斐バンドと どう関係があるんでしょう?
甲斐バンドって 甲斐よしひろが ボーカルの グループだったでしょう?
♪ヒーロー ヒーローになる時 ああ それは 今!♪
かいわれさんが この掲示板で ヒーローになる????? ← 正解?

ところで お二人の話 読んでいて 思い出した事あります。
私 マンガが 好きで よく 読んでいました。
その中で 「岡!お蝶夫人!」で 有名な テニス漫画『エースをねらえ!』好きでした。
10巻で 一応 宗方コーチが 亡くなり 終わったのですが
その後 追加で 11巻~ 宗教的な事も 書かれました。
その中で 天国・地獄の様子を書いた所があります。

地獄と 天国は 同じなんだそうです。
でも 暮らしている人達の心が 違う・・・
食事をする時は 目の前に 美味しそうな料理が 並んでいるけれど
お箸は テーブルの向こうにいる人に 届きそうなぐらい 長くて 食べられない。
地獄にいる人たちは お腹がすいて いつも 飢えてて
必死で 食べようと もがき苦しむが 全然 食べられない。
一方 天国にいる人たちは 同じお箸で 自分よりも 先に
テーブルの向こう側にいる人に 食べ物をあげます。
向こうも お返しに 食べ物をくれる 助け合いの心で 苦しまないんです。

つまり 人生 起こった出来事自体は 幸福・不幸の性格を持たないんです。
それに 性格づけをするのは 我々人間。
・・・・と いった内容だったと思います。
(うろ覚えなので 正確ではないかもしれません)

>そこには、やはりそうならなければ知ることが出来なかった何かを学ぶことが出来る、
>本人だけでなく、その人の周りに生きる人たち全てにとって、
>価値のある何かを得ることが出来る

長女が 場面緘黙になったこと・・・
それは 私にとって 育児ではなく 育自になりました。
今まで 知らなかった貴重な価値あるものを 学んでいるような気がします。
まだ まだ 偉そうには 言えないんですけど・・・

「アストラル体」
これは 難しい! 頭の弱い私には 理解不可能!(笑)
しかし 長女も 昔から 感受性が 強い子供です。
こっちの考えてること わかるの?って ぐらい 場の雰囲気とか よむのが 上手です。

う~ん そっか・・・ わかった!
かいわれさんとルディさんの共通点・・・
私が あっと驚く コメントを いつもされるからですね きっと (*^_^*)


370 件の記事    1  ...  4   5   6   7   8   9   10  ...  37