緘黙症って何?

校庭にいる小学生

目次

場面緘黙症とは

場面緘黙症とは何か

場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)とは、発声器官に器質的障害がなく、言語の習得にも問題がないにもかかわらず、 特定の場面で継続的に声が出ない状態を言います。 英語では selective mutism と言います。

家では話ができるにもかかわらず、学校や幼稚園に行くと一日中声が出ず、しかもそうした状態が何ヶ月や何年間も続くといった例が典型です。 ただ、症状は人によって様々です。 授業中の本読みなら小声を出せたとか、親しい友達となら少し話せたとか、様々な人がいます。 全ての場面で緘黙する「全緘黙」も稀にあります。

緘黙は子どもの問題であり、大人になれば話すようになると思われがちですが、必ずしもそうではありません。 緘黙を成人期まで持ち越した当事者もたくさんいます(久田ら, 2015; iSpeak, 2013)。 また、声が出るようになっても、何らかの「後遺症」で悩む当事者も少なくありません (かんもくネット, 2008; 久田ら, 2015; Remschmidt ら, 2001; Steinhausen ら, 2006)。

緘黙は不安症

米国精神医学会の診断・統計マニュアル DSM-5 や、世界保健機関の ICD-10(国際疾病分類第10版)では「選択性緘黙」として記載されています。 緘黙は不安症(不安障害)という見方が主流で、DSM-5 でも不安症に分類されています。 統合失調症やヒステリー失声とは異なります。 診断では発達障害は分けて考えますが、発達の問題を背景に、特定場面で話せない人は多いようです(金原ら, 2009;Kristensen, 2000)。

特別支援教育の分野では、「選択性かん黙」という名称が用いられる傾向にあります。 この文脈では緘黙は「情緒障害」として扱われます。 「情緒障害」は医学用語というよりはむしろ、行政用語です。

これは、緘黙とは違います

○ 人見知り

緘黙は人見知りよりも症状がずっと強いです。 また、人見知りの人はしばらくすると大体は慣れていくものですが、緘黙の場合はそうではなく、症状が長期にわたります。

○ 話すのが苦手

「苦手」などというレベルではありません。緘黙は、声が出ないのです。

○ 話題が思い付かなくて話さない

緘黙は声が出ず、挨拶すらできないという人も少なくありません。 話題がどうこうという問題ではありません。

桜と女子高生

話せないだけではない

話せない点に注目が集まりがちな緘黙ですが、緘黙は話せないだけではありません。 表情を出せなかったり、視線を合わせられなかったりする人は多いようです。

症状が重くなると、話すことができないだけでなく、思うように動くこともできなくなります(緘動)。 また、学校でトイレに行けない子どもや、給食を食べられない子どももいます。 それから、緘黙児への支援として筆談が行なわれる場合がありますが、中には自分が考えていることを知られるのが怖いとして、筆談もできない場合もあります。

緘黙児の動画

米ABCニュースが緘黙を取り上げたことがあるのですが、この時の動画が YouTube で公開されています。 3:05頃から、緘黙児の様子がよく分かる場面があります。

↓ YouTube へのリンクです。3:05から始まります。
◇ Curing Kids with Extremem Social Phobias  (新しいウィンドウで開く

これは支援プログラムによりささやき声を出すことができた場面ですが、このささやくことさえできない緘黙児もたくさんいます。

当事者の苦しみ~緘黙は深刻な問題

緘黙があるというのは、どういう感覚なのでしょうか。 これは経験者でなければ分かりにくいものですが、かなり苦しいものです。 ある経験者は、次のように語っています(入江, 2016)。

自分の気持ちを出すことができない。声も出ない。雑談や人の輪に入ることができない。『ありがとう』が言えない。 本来の気持ちや性格を封じられてしまう。理由も分からない苦しさ。重要な事ほど言えなくなる。 それらが『場面緘黙』という症状とは知らず、私は長年苦しんできました。

緘黙による苦しさは、緘黙の認知や理解が広がっていないことがもたらしている一面もあるようです。 別の経験者は、次のように語っています(らせんゆむ, 2015, 4ページ)。

まわりも、また自分でも、ものすごく内気な性格なんだと思っていました。 なかなか友だちもできず、しゃべらないことでイジメられる。 自分の意見があっても言えない。 先生や親からは『もっと積極的になりなさい』なんて言われる。

たとえ話せるようになっても、その後の人生において「後遺症」がついて回ることを訴える経験者もたくさんいます(かんもくネット, 2008; 久田ら, 2015)。 また、成人期に至っても緘黙が続き、家にひきこもり続ける当事者もたくさんいます(久田ら, 2015)。

このように、緘黙は学校生活や社会生活に支障をきたす深刻な問題です。

経験者や当事者の声は出版物で目にすることはあまりありませんが、 インターネット上では、Twitter やブログで、文章やコミックエッセイ、動画など様々なかたちで発信されています。 当事者の思いはここで書ききれるものではありません。ぜひご覧になってみてください。

校舎内の写真

緘黙の程度

緘黙には程度があります。これについては、「行動の三つの水準」の考え方が理解に役立ちます。

これは、社会的場面での人の行動を、「動作・態度表出」「感情・非言語表出」「言語表出」の三つの水準に分けたものです(河井ら, 1994)。 これによると、これら三つの水準は、下の図のように階層構造をしています。

図 社会的場面におけるコミュニケーションが成り立つための階層構造(河井ら, 1994)

何らかの緊張が加わって適応的行動が壊れていく場合、原則として第3の水準から順に壊れていきます。

実証研究では、緘黙の程度が軽い子どもは「言語表出」の困難に限られ、 程度が重くなるにつれて、「感情・非言語表出」の困難から「動作・態度」の困難へという形で症状が広がっていることが確認されたそうです(河井ら, 1994)。

話せない場面

場所、人、活動

緘黙で話せない場面は、場所、人、活動に分けて考えることができます(Kurtz, 2015; Mcholm ら, 2007)。 どの場所、人、活動で話せないかは、緘黙児・者によって違うのですが、ある程度傾向はあるようです。

○ 場所:多くの緘黙児・者は、家では話せるのですが学校では話せないと説明されます。 このため、稀に「学校緘黙」と言われることもあります。 ただ、緘黙児・者は学校だけではなく、お店など地域社会で話せないこともあります。

○ :家族とは話せるのですが、学校の同級生や先生とは話せない場合が一般的です。 また、緘黙児が話すことができる場合には、大人よりも子どもと話すことが多いようです(Mcholm ら., 2007)。 それから、家族と話せても、親戚とは話せない場合があります。

○ 活動:以前にしゃべりながら行なっていた活動をするときには話せることが多いようです(Mcholm ら, 2007)。

過去に話せなかった場面では話しにくくなる

緘黙児・者が過去に話せなかった場面では、その後も話しにくくなります。 米国の一部の緘黙専門家は、こうした場面は contaminated(汚染されている)と呼んでいます(Kurtz, 2015)。 こうしたことが続くと、緘黙症状が固定化していきます。

これを逆手にとり、進学の際、意識的に遠方の学校に進学する緘黙児・者がいます。 新しい学校で、自分のことを誰も知らない環境に身を投じれば、話せるようになるのではないかということです。

併せ持つ問題

緘黙は、他に何らかの問題を併せ持つことも少なくありません。 そのうち、主なものを挙げます。 これらは、緘黙の原因との関係も指摘されています。

不安症(特に社交不安症)

緘黙は不安症に分類されていますが、 緘黙に加えて他の不安症を併せ持つ場合が多いことが分かっています。

特に、社交不安症を併せ持つ場合が多いです。 その合併率は調査によって幅があるのですが、60~100%の報告が多いです(Muris ら, 2015)。 専門家の中には、緘黙を社交不安症の一つと見たり、社交不安症の極端な現れと見たりする向きもありますが、この仮説が妥当かどうかは、さらなる研究が必要です。

他に併せ持つことが多い不安症としては分離不安症、特定恐怖症などが挙げられます(Muris ら、2015)。

発達障害

発達の問題を併せ持つ緘黙児・者は多いと見られています。

緘黙と自閉症スペクトラム症を併せ持つ場合、選択性緘黙とは診断されないとする解釈が一般的です。 ですが、これを敢えて含めて行ったノルウェーの研究では、68.5%の緘黙児 (n =54) に発達障害/遅滞が診断されました(Kristensen, 2000)。

また、ある日本の研究では、緘黙児 (n =23) の 60%に発達障害が見られ、 さらに発達障害の疑いがあった例まで含めると、その割合は78.3%に上りました(金原ら, 2009)。

ことばの問題

何らかのことばの問題を併せ持つ緘黙児の存在を示す、様々な研究が出ています。

あるノルウェーの研究では、本来緘黙の診断基準から除外するものとされていたコミュニケーション障害も敢えて含めて調査したところ、 緘黙児 (n =54) の17.3%に受容・表出混合性言語障害、11.5%に表出性言語障害、42.6%に音韻障害が診断されました(Kristensen, 2000)。

この他にも、様々な研究があります。研究によって、言葉の問題を併せ持つ緘黙児の割合には差があります。

聴覚の問題

緘黙と聴覚の関連の研究が進んでいます(Henkin ら, 2015)。 発話の際、周囲の音が聞こえるように自分の声をマスクする聴覚の機能があります。 この機能に異常がある緘黙児が多いという研究があります。

それを裏付けるものかどうかは分からないのですが、「自分の声が変に聞こえる」(Black ら,1992; Book, 1994)という緘黙児がいます。

階段と下る女性

「緘黙」の歴史~緘黙は「新しい病気」ではない

緘黙を「新しい病気」と考えている方がいらっしゃるようですが、よくある誤解の一つです。 最後に、その歴史を概観してみましょう。

海外

緘黙が世界で初めて取り上げられたのは1877年のことです。 ドイツ人医師 Adolph Kussmaul が "aphrasia voluntaria"(随意性失語症)と名づけたのが最初とされます(Kußmaul, 1877)。 1934年には、スイスの精神科医 Moritz Tramer が "electiver mutismus"(選択性緘黙)と名づけ(Tramer, 1934)、 以後この名称が定着しました(英語だと elective mutism)。 ただ、"aphasia voluntaria" にしても "electiver mutismus" にしても、自ら話さないという含意がありました。

Tramer が "electiver mutismus" と名づけた1930年代に初期的な研究がドイツで現れ、1950年代にはイギリス、アメリカで研究的関心が増大します(一谷ら, 1973)。 以後、緘黙の研究が継続して行なわれるようになります。

1994年、米国精神医学界の診断基準が改訂され、自ら話さないという含意を大幅に薄めた "selective mutism" という名称に変更されました。 今日、学界では、緘黙は自らの意思で話さないとは考えられていません。

1990年代からは、緘黙と不安症を関連付ける研究が発表され、緘黙は不安症と見られるようになっていきます。

日本

日本で最初に緘黙が報告されたのがいつかは定かではありません。 私独自の調べによると、1904年に、北澤大吉が今日で言う緘黙と同一か、よく似た「教場唖」の児童を報告しているのが、私が確認した最古の例です(北澤, 1904)。

1940年には Gilbert Robin 著、吉倉範光訳『異常児』の中で、 家庭では話すが学校では友達一人としか話さない児童が「緘黙症」として取り上げられました(Robin, 1940)。

1951年には、家庭では口をきいているのに、学校や人前では口をきかない「緘黙児」の論考を高木四郎が発表したのですが(高木, 1951)、 これが私が確認した限りの、日本における最古の緘黙の研究です。 以後、緘黙の研究は今日まで継続して発表されています。

海外では緘黙は自らの意思で話さないという含意がある名称がつけられた歴史がありますが、日本ではそのようなことは長らくありませんでした。

2000年代以降の緘黙の文献では、米国精神医学会による緘黙の診断基準を引用したものを見かけることが多くなります。 緘黙の名称についても、専門的な文献では、診断基準で用いられている selective mutism をそのまま訳した 「選択性緘黙」という名称を使う文献が増えていきます。 ただ、これについては「当事者の意思で発語しないことを選択している」という誤解を払拭する狙いから 「場面緘黙」という訳語に変更することが適当という意見も出ています(久田ら, 2014)。